陰影を考える際は、まず対象の形がある、ということを意識してください。これは物理的に形の方が先にあるからです。
例えば、対象の形が存在しなければ、光が注がれたとしても陰影は発生しません。逆に、光が届かない暗闇の中にも対象の形が存在することはあります。まず対象の形が存在し、そこに陰影が生まれるのです。
対象の形があるから、光と陰影が見える。つまり、あなたが光と陰影を描こうとする時、必ず対象の形も描いているということになります。
そのため、対象の形をよく理解しないで陰影だけを追って描くと、なぜか実際の対象と違ったふうに見える、ということが起こりえます。
陰影だけで描くと奥行きが出ないことも
例えば、人物を描くときを想像してみてください。
あなたは人物モデルの正面にいます。モデルは右手を前方に伸ばしており、その手のひらはあなたの方を向いています。左手はその逆に、モデルの後方へと伸ばされ、手のひらがあなたと逆の方を向いています。モデルの体の正面は、ほぼ左を向いています。
このモデルにスポットライトを当てます。スポットライトは、後方へ伸ばされた左手首の1mほど上から、左肩に向かって当てられています。
あなたはモデルの正面からモデルを見ていましたね。そうすると、あなたに最も近い位置にあるモデルの右手は逆光になり、少し陰って見えます。そして、あなたから最も遠くにあるモデルの左手が、もっとも明るい色に感じます。
ではその通りに、後方の左手をもっとも明るく描いたとしましょう。左手に当たった光を演出するために、背景をやや暗くします。
すると、左手と右手の距離が実際よりも近くにあるようなデッサンになる可能性があります。これは、左手の光を演出することで、その部分が主張され、手前に飛び出してきたように見えるからです。(Fig.1)
描いたデッサンがもしそうなってしまったら、そのデッサンは対象を忠実に描いたことにはなりません。なぜなら左手は右手よりずっと奥にあるはずだからです。対象を写実的に再現するためには、奥行きも再現しなくてはいけません。
実際に理解している対象に近づける
先に説明したように、光と陰影を描くのは、対象の形を描くことと同じです。そのため、実際にある対象の形と、それを陰影を使って描いた形が違って見えた場合には、陰影よりも対象の形に辻褄を合わせてトーンを調整していきます。その方が自然に見えることがあるのです。
その場合、見えている陰影をただ忠実に再現するよりも、対象についてあなたが理解していること、先ほどの例だと、右手は最もあなたの近くにあり、左手は最も遠くにある。そして、その距離はモデルの背丈ほどもある、という事実をなんとかして表現しなくてはいけません。
そのために、錯覚を利用して陰影を調整していきます。
例えば、モデルの左手を実際よりも暗くするのは一つの有効な方法です。暗くすると言いましたが、正確には背景の色に少し近づけます。これはコントラストが弱いと主張が弱くなり、その効果で遠くにあるように見えるからです。
このように、陰影だけを再現すると実際の形と異なるケースがあります。その時は、光と陰影だけに頼らずに、陰影が発生する原因となっている対象の形を観察、理解し、それ正確に表現するために陰影をコントロールしてデッサンをしましょう。