デッサンのコツはルールの再現とシンプルさ

私たちの世界は、いろんな方向からの光、大気、形、色、奥行き、質感・・・いくつもの現象が重なって、とても複雑に見えます。

そして、もしあなたが、この複雑に見える世界を複雑なまま表現したなら、残念ながらそれはいいデッサンにはならないでしょう。あなたに限らず、過去の巨匠が同じようにしてもいい結果にはならないと思います。

巨匠たちは、複雑に見える世界に存在している物理的なルールや、人が世界を知覚しているルールを見つけ、それらを使って複雑な世界をシンプルに再現していることが多いです。

ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」

ルールを技法化した例

物理的なルールや知覚のルールを実際にシンプルに技法化した例を見ていきましょう。

例えば、ダ・ヴィンチ※1は、人物などの輪郭線に透けた色を重ねてかけ、ぼかして見せるいくことによって立体感を表現する「スフマート(イタリア:sfumato)」を使いました。

これだけでも、人物の丸みを帯びた立体感を私たちに感じさせます。人がどのようにしてものを知覚しているのか、その心理を利用した好例です。

また、美術分野で明暗のコントラスト(対比)を利用して立体を表現する技法を指す「キアロスクーロ(イタリア:chiaroscuro)」は、陰影をとてもシンプルに解釈しています。

> 「デッサン上達にはキアロスクーロ(明暗法)」

実際に見る明暗は、光があちこちから来ることもあり、キアロスクーロで見られる陰影よりももっと複雑です。しかし、「光が物体に当たったら、物体にはこんな陰影が落ちる」という自然のルールに則っているこの技法を使ったデッサンは、私たにリアリティを感じさせることに成功しています。

マネのデッサン

人によってルールの表し方が違う

このようなルールを再現するための技法の扱い方は、実は時代や画家によってやや異なります。

例えば、先ほどのキアロスクーロの例で言えば、明暗で分けられた部分を繋ぐ中間色の扱い方が、時代や画家によって少し違うのです。

17~19世紀の画家たちの多くは、この中間色は緩やかに繊細に移り変わっていくべきだと考えていました。これに対してマネ※2は、この中間色をなるべく排除したほうがいいと考えていました。彼は師匠であるトマ・クチュール※3にこう言ったそうです。

光は人間の眼にはひとつのまとまりとして現れるので、これを表現するには単一のトーンで十分です。

まとめ

このように、物理的、心理的なルールを取り入れた技法でも、扱う人によって、どう扱うかが少し変わってきます。そして、この解釈の違いはその時代ならではであったり、画家の個性であったりします。

なんにせよ、それらのルールに則ってシンプルに解釈せずに、いい作品を残した画家はほとんど見当たりません。つまり、シンプルに解釈したり、省略して描いたりするのは画家にとっては当たり前のことなのです。

あなたも、コピー機のようにただ現象を写し取るのではなく、「どう解釈したら、省略したらもっとリアルに見えるか」を考えてデッサンしてみてください。

以下のテキストでは、ドラペリー(衣服の襞、衣文)を明快に描くための技術を紹介しています。単純な方法ですが、やみくもに見て描くよりも、案外自然なドラペリーを描くことができます。ぜひ試してみてください。

> 「ドラペリーをシンプルにデッサンする練習」

参考と脚注

アルバート・ボイム『アカデミーとフランス近代絵画』三元社、2005年

※1
レオナルド・ダ・ヴィンチ(イタリア:Leonardo da Vinci
1452─1519

※2
エドゥアール・マネ(フランス:Édouard Manet
1832─1883

※3
トマ・クチュール(フランス:Thomas Couture)1815─1879