キアロスクーロ(明暗法)ができるようになると、対象の立体感を出したり、劇的な画面構成ができるようになります。
また、キアロスクーロを使った描写はうまく見えるため、デッサン初心者にはぜひ取り入れてほしい技法です。その仕上がりにあなた自身も高揚すると思います。
キアロスクーロは、光と陰影を整理して描くことで画面に統一感を与える技法なので、陰影をつけることが大前提です。
そのため、浮世絵や一部の漫画など、輪郭線だけで描画するものに比べると、立体感やドラマ性が生まれやすくなります。その反面、陰影があるとかえって不明瞭になるテクニカルイラストレーションなどには向きません。
キアロスクーロの定義
「キアロスクーロ(伊:chiaroscuro)」は明-暗という意味です。
ルネサンス初期には、色の着いた紙に明るい色(白色)と暗い色を使って描画する技法のことを指していました。
そして時代が下るにつれて、「明暗を利用して対象物を立体的に表現する」「明暗のコントラストによって画面を構成する」といった明暗法とも言われる技法を指すようになりました。
また、キアロスクーロ版画というものもあります。これは一枚の印刷物に対して、明るい色のための版と暗い色のための版を別々に準備して印刷する版画です。
現代でキアロスクーロと言えば、特に断りがない限りは、「明暗を利用して対象物を立体的に表現する」「明暗のコントラストによって画面を構成する」という意味の技法を指します。
キアロスクーロで画面構成をした例
キアロスクーロを効果的に使った例としてカラヴァッジョ※1の「聖母の死」を見てみましょう(Fig.1)。これは明暗のコントラストによって見事に画面が構成されています。
この絵は、画面の左上から注ぐ光によって、横たわっている聖母が神々しく照らされています。まるで、スポットライトで照らされた壇上の俳優のようです。
窓やドアを締め切った照明器具の無い屋内は、真っ暗な闇です。そんな屋内の少し高い位置にある窓が開くと、そこから眩しいほどの太陽の光が筋となって差し込み、床を照らし出します。
おそらく、この絵の光と陰影の設定はこういったものです。このような光の効果は、たとえその場に登場人物がいなかったとしても、ある種の神々しさや神秘性を感じるでしょう。
そして、この光と闇の大きなコントラストが、この作品の神秘性を表す重要なキアロスクーロとなっています。
また、聖母は登場人物の中で最も神々しく見えるように、光の筋の中心に置かれています。その上、聖母の体は横たわることで誰よりも大きな面積で光を受けており、更に、描かれた人たちの中で唯一顔を照らされています。
対して、聖母以外の人々は背中や後頭部に光を受けており、その表情は陰の中にあります。
このようにしてキアロスクーロを使い、カラヴァッジョはこの作品で最も重要な人物が誰であるかを鑑賞者に明確に示しています。
対象の立体感を表したキアロスクーロの例
「聖母の死」は、対象を立体的に表現する目的でもキアロスクーロが用いられています。
画面に描かれた登場人物の体は、それぞれ光が当たっているところと陰になっているところの2つに大胆に分けられています。わかりにくい場合は少し目を細めて見ると確認できます。
この大きな明暗に加え、反射光などを正確に描写していくことで、カラヴァッジョは人物の立体感を見事に表現しています。
キアロスクーロで描くには
キアロスクーロを使う場合は、まず描く対象の形のあたりをしっかりとります。
この時、対象のシルエットに相当する外郭線はもちろん、光と陰の境目となる稜線にもあたりをつけます。(Fig.2)
あたりが取れたら、暗部に色をつけていきます。暗部の色は描写するというよりは、色をかける、といった感じです。とりあえず、一色で色をつけましょう。
次は中間色を作っていきます。明と暗の2色だけでも対象のイメージを表現することができますが、これだけでは立体感が出にくいため、中間色を作ることで立体感を出していきます。
中間色と言っても、先に作った2つの色の真ん中になる色ではありません。大きく分けた明暗を維持しながら、明るい中の暗い部分、暗い陰の中の明るい部分を描画し、大きな明暗の境界をすこしなだらかにするイメージです。
中間色は、目を細めてぼんやりと見た時には、最初の大きな2つの明と暗の中に埋没するぐらいがちょうどいいです。
先ほどの「聖母の死」をもう一度見てください。描かれた人々の中の明るい色と暗い色を見ていくと、大きな2つの明暗の色の中にさらにいろいろな明度の色があります。
しかし、目を細めて見てみると、それら中間色は明るい領域か暗い領域かのどちらかへ埋没して見えます。
中間色の主張が強くなると、キアロスクーロの大胆なコントラストは失われてしまいます。しかし、中間色がなければ立体感は表れません。
そのため、カラヴァッジョが描いているように、中間色はしっかりと描きながらも、主張しすぎないよう慎重に色を作っていく必要があります。
参考と脚注
Gerald M.Ackerman, Charles Bargue: Drawing Course, Art Creation Realisation, 2011
※1
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(イタリア:Michelangelo Merisi da Caravaggio)
1571─1610