大学受験のために画塾へ通っていた頃、そこの講師の方たちが何度も私たち塾生に向かって、「見たまま描けばいい」とアドバイスをしていました。あなたも言われた覚えがあるかもしれません。
当時、私も数回言われた覚えがありますが、その時は大変困惑してしまいました。なぜなら、私はモチーフを見たまま描いているつもりだったからです。
見たまま描くというのが何を意味しているのかはその文脈によって多少変わると思いますが、講師たちの考えに共通していたことは、「他にどうアドバイスをすればいいのかわからない」というものだったと私は思っています。
見たまま描くとは受け身で描くことです。もっと具体的に言うと、比較すること、相対的に見ることです。「こう描いてやろう」という意識を取り除く、とも言えます。
能動的なデッサンから受け身のデッサンへ
「見たまま描く」とはつまり、できるだけ主観を交えずに受け身で描くことです。そのためには次のような見方が必要になってきます。それは比較して見る、相対的に見ることです。
日常で、私たちは記号的に対象を捉える傾向があります。ガラスコップ、タオル、箸、椅子…。相対的に見るためにはこの見方を一旦やめてみましょう。
日常であなたが使うこれらについて、あなたはよく知っています。サイズ、色、触りごごち…。よく知っているからこそ、その対象の知っている部分だけを確認し、他の情報にはなかなか気づくことができません。
「私はこのガラスコップを知っている、それはこんな形でこんな風で・・・」そう思ってデッサンする姿勢はとても能動的です。しかし結果的に、ガラスコップをよく見ていないデッサンになることが多いです。
それを避けるために、受け身で見るように努めます。
受け身のデッサンは比較で見る
色のついていないガラスコップは無色透明です。これは一般的な知識として知られていますが、本当に無色透明であれば、私たちの目にそのガラスコップは写りません。
その色をよく見てみると、ガラスコップの周辺にあるものがガラスコップに写り込んでいるのが見えると思います。ガラスコップを描くためには、その写り込んだ色を比較して見て描いていくのです。
ある色は隣の色に比べてどの程度明るいか、暗いか。そのさらに隣の色とはどうか? 輪郭の縁と反対の輪郭の縁の色の違いはどれぐらいか? また、最も明るい色、逆に暗い色はどれになるか?
色だけではなく、形も比較して見ていきます。ガラスコップの中で最も傾斜が激しい、緩い形はどこでしょうか? 他の形はそれと比較してどれぐらいの傾斜していますか?
テキスト「画面全体でトーンを考えるのがデッサンのコツ」でも触れていますが、デッサンは相対的な見方によってどのように見えるかが左右されます。絶対的な色や形というのはあまり重要ではありません。他と比べてどのように見えるのか、その文脈の方がはるかに大切なことなのです。
先ほどの「ガラスコップとはこんな形でこんな風で・・・」と能動的に考えて描くのは、ガラスコップの絶対的な形や色、意味にフォーカスしてしまっています。そのため、とても主観的で客観性の少ないデッサンになってしまうのです。
受け身的な見方、ただ相対的に、比較して対象を淡々と観察して描きだす訓練を積むことで、そのような主観的に過ぎるデッサンから抜け出すことができます。
そうすれば「見たまま描く」ということができるようになるのです。