別のテキストで、ジェスチャーを捉えるとリアリティが出てくるという話をしました。
しかし、ただジェスチャーを描くだけでは対象の描写としては不十分です。ジェスチャーに形を与えることで、デッサンの表現は説得力を持ちます。
ジェスチャーの表現には形が必要
ジェスチャーを描き出すには、何かの形を必要とします。
例えば、北から南へ、風がものすごい速さで通り過ぎたとしても、風そのものは見ることができません。しかし、そこに草が生えていたら、そこに木があったら、それらが揺れることで私たちは風が吹いたことを見ることができます。
ジェスチャーも風のように考えることができます。ジェスチャーを表現するには、まず形を用意し、風のようにその形を変形させることでその力を示します。
ジェスチャーを力強く表す形
ケーテ・コルヴィッツ※1のデッサンを例に、ジェスチャーが形にどのような変化を与えているかを見ていきましょう(Fig.1)。
このデッサンでは、女性の背中に骸骨(死の象徴)がおぶさっており、それが彼女に重くのしかかっています。それとは反対に、子供は女性の正面から彼女に飛び乗ろうとしています。
骸骨によってかけられた重みが、女性の体を強く後ろに反らせています。私たちは女性の形の歪み具合からそのジェスチャーを捉えていますが、逆に、のしかかっている骸骨のジェスチャーが女性の体を変形させている、と考えることもできます。
コルヴィッツはそのジェスチャーを表現するために、女性の外形をくの字と逆の形で強調するように描いており、線の流れもその形を強調しています。
また、それとは別のジェスチャーとして、女性自身のジェスチャーがあります。
例えば、女性の足は骸骨の重みに抵抗するように踏ん張っています。はっきりと引かれた足の輪郭と、色のコントラスト、足首の曲がり具合がそれを表現しています。
淡くすることでもジェスチャーを表現できる
同じデッサンの、今度は子供の描写に目を向けてみましょう。
骸骨や女性に比べて、子供には力強い線での描画跡があまり見られません。女性に飛び乗ろうとする手と、力を入れているお腹と太ももが接している部分、何か感情や意志を表している顔、線が強く引かれているのはこれぐらいです。
この描画の淡さは子供の力の弱さも示しているようにも見えます。
子供の右足などは消えかかりそうなほど薄く描かれていますが、これは子供のジェスチャーが女性へと向かっていることを感じさせます。
仮に、この足の部分がしっかりとした線で描かれていたならば、子供のジェスチャーは地面の方にも向かっているように見え、女性にの方に向かっている注意があまり感じられなかったかもしれません。
まとめ
このように、ジェスチャーは形に強く影響を与えます。
もしもジェスチャーを考えずに、見えている形だけを全て写し取ったならば、説明図としては明快になりますが、何を表現したかったのかは不明瞭になるでしょう。
表面的な形だけではなく、ジェスチャーを捉え、そこに形を与えることで、臨場感や動きなど、生命感のある描画することができるようになるのです。
参考と脚注
※1
ケーテ・シュミット・コルヴィッツ(ドイツ:Käthe Schmidt Kollwitz)
1867─1945