デッサン力を上げたければ全体をよく見てください。
デッサンで使う「全体を見る」という言葉は、ざっくり2つの意味に分けられます。1つは画面の中のバランス、色の変化、形の位置や大きさ、これらを比較して観察し、再現するという意味。もう1つは、対象の全体性、統一感を見て表す、という意味です。
このテキストでは後者の全体性、統一感をつかむ方法について紹介します。
対象の全体性、統一感をつかむことで、対象の存在感や場のリアリティを表現できるようになります。そしてそれは作品の存在感、説得力につながっていきます。
魅力的なデッサンを描くために必要なのはテクニックだけではありません。何を観察できるか、という点も大きく影響します。そして、実はその観察こそがデッサン上達のコツであると言っても言い過ぎではないと思います。
全体性、統一感をつかむために「全体を見る」方法
「全体を見る」とは言うものの、実際には「見る」というよりも「感じる」と言った方が正確です。「見る」という行為は部分的にしかできないからです。
例えば、座っている人物をデッサンするとき、顔を見ながら同時に足を見ることはできません。目のピントをぼかしてぼやーっと見れば、一度に全体を見ることができるますが、これではよく観察することができませんし、そうして見たものを再現するとぼやけたデッサンになります。
「全体を見る」というのは視覚だけに頼っていると難しいものです。そこで、「全体を見る」を「全体を感じる」と考えます。
そして、目の前の対象やその場の全体を感じるにはジェスチャーを観察するのが有効です。
テキスト「ジェスチャーはリアリティあるデッサンのコツ」で述べていますが、デッサンでいうジェスチャーは対象の軸と考えることができます。ジェスチャーという対象や場を貫いている軸を観察することで、その全体性を感じて把握します。
簡単なジェスチャーの例えを出しましょう。想像してみてください。夜、あなたが散歩しているとします。街灯は少なく、物音もなくとても静かです。あなたがしばらく歩いていると、墓地が見えました。その墓地から、あなたがどんな雰囲気を感じ取りますか?
このときに感じる、他の場所とは違う墓地の雰囲気は、その墓地という場のジェスチャーです。
そしてその墓地をデッサンで表現するとしたら、お墓の形やその並び方をただ正確に描いただけでは足りないことがわかると思います。その墓地のリアリティを出すためには、あなたが感じた墓地のジェスチャーも表現しなくてはいけません。
対象や場の「全体を感じる」とはこのようなことです。これが一枚のデッサンの中で、右側ではある場のジェスチャー、左側ではまた違う場のジェスチャーとなってしまってはデッサンの統一感が生まれません。
ジェスチャーを観察する方法
ジェスチャーを観察するには、自分の体を使って対象や場と自分の感覚をリンクさせます。
一番簡単な、自分と同じような形をしている人間を観察することから始めましょう。
まずは目の前の人物を目で見て、その人がとっているポーズを観察します。そして、その人と同じポーズを自分もとります。表面的な格好だけではなく、重心、力の入っているところ、抜けているところ、その心情もリンクさせるつもりで真似します。
漫画家の尾田栄一郎が「セクシーな表情を描いている時は自分もセクシーな顔をしている」という意味のことをコミックスに書いていました。これはジェスチャーを自分の体を通して観察していると言えます。
また、自分の体を使って対象のジェスチャーの観察すると、目だけで見るよりそれを長く記憶することができます。これは実際にやってみるとわかります。例えば、1分ずつのポーズをモデルに10個とってもらい、それを目だけで見て覚えるのと、自分の体で同じポーズをとって覚えるのとでは、後者の方が多くのポーズを記憶できます。
石や植物など、人物以外のジェスチャーを観察するときは、同じポーズをとることができませんが、感覚だけでも同じようにリンクさせ、自分の体でそれを感じるようにします。
ただの石でも、静かな感じのする石や、逆に荒々しさや動きを感じるような石もあったりします。その石になりきってそのジェスチャーを観察しましょう。
ジェスチャーが複数のとき
一枚のデッサンの中に対象が複数ある場合は、その場の全体の雰囲気を決定付けているジェスチャーを見つけます。これは先に述べた墓地の横を通った時に感じる独特の場の雰囲気を考えてみるとわかりやすいと思います。
もちろんそのような独特の場所ではなく、コンビニなどありふれたところでも、そのお店によってそれぞれ雰囲気が違います。
場のジェスチャーという言い方がわかりにくい場合は、そのような店内の雰囲気の違いを敏感に感じ取る、と解釈してください。
まとめ
全体性、統一感をつかむためには、対象やその場全体のジェスチャーを感じ取ります。
この場合、部分しか見ることができない視覚だけに頼らず、自分の体全てを使って体感する意識で観察してください。
実際にデッサンをするときは、その感じたジェスチャーを、記憶した自分の体を通して思い出しながら行います。
そうすれば、不思議なことに自動的にトーンやタッチにあなたが感じているジェスチャーが影響します。
参考と脚注
K・ニコライデス『デッサンの道しるべ』エルテ出版、1997年
※1
ケーテ・シュミット・コルヴィッツ(ドイツ:Käthe Schmidt Kollwitz)
1867─1945