デッサン力を上げるのに効果的な方法は、模倣をすることです。もちろんそれだけではなく、実際のモチーフを見て描く訓練は別に必要ですが、模倣もかなり有効な訓練方法です。
実際、巨匠と言われる画家の多くは、何らかの形で誰かからその描き方、表現の仕方を模倣しています。それは師から直接受ける手解きであったり、教本などの模写からだったりします。いくつか例をあげていきましょう。
徒弟制で技術を教わる
中世、ルネサンス、美術を生業にしようと考える人々は、親方のいる工房に見習いから入っていました。そこで親方、もしくは兄弟子の指導の元、絵画だけではなく彫刻や建築などの仕事を学びながら従事していました。
そして、そこで職人として一人前になり、親方の資格を得ることができれば自分の工房を持つことができました。この時代の代表格はダ・ヴィンチ※1やミケランジェロ※2、ボッティチェリ※3などがあげられます。
学校で教本の模写や先生の影響を受ける
また、19世紀のフランスの画家であるシャルル・バルグ※4らが作った『ドローイングコース』※5というデッサンの指南書があります。これは、デッサンを学ぶ人が、石膏像のデッサン、巨匠の習作模写などを通して、基本的なデッサンスキルを習得できるように考えて作られたものです。
実はゴッホ※6もこの教本を使っており、その一部模写をしていました。また、ゴッホだけではなく、ピカソ※7もこの教本に載っているデッサンと同じものを模写しています。(Fig.1)
次はマティス※8を例に挙げましょう。マティスは私立美術学校のアカデミー・ジュリアンでデッサンを学んだのち、ギュスターヴ・モロー※9の教えの元、自分で解釈して模写する方法を学びます。
解釈模写はそっくりそのまま写し取る模写とは違い、模写する絵の意図や効果を拾い上げて模写する方法です。また、マティスはピサロ※10やモネ※11が使っている技法にならったりもしたようです。
アウトサイダー・アートの場合
アウトサイダー・アートと呼ばれる作品については、他の美術作品の影響をそこまで受けていないかもしれません。アウトサイダー・アートとは、伝統的な美術の訓練を受けず、歴史的な流れにあまり与(くみ)しない作品のことです。
しかし、アウトサイダー・アーティストとして有名であるヘンリー・ダーガー※12は、自ら回収してきた雑誌などを模写し、それを繰り返し作品に利用していました。
アウトサイダー・アートだからといって、オリジナリティ重視で模倣はしない、とは限らないようです。
まとめ
このように、巨匠と言われる画家たちでも、先人たちの手法や表現から学ぶ時期があります。むしろ、完全に自分の感性とアイデアだけで作品を作ってきた人たちは稀なのではないでしょうか。
一部の美術教育では、オリジナリティを出すために他者の作品の影響を受けすぎない方がよいという考えもあるようです。しかし、歴史的な美術教育の主流は、模写などを通して先人から技術や表現を学び、そこからオリジナリティを生み出す方法です。
実際にそのような過程を経て、今日巨匠と呼ばれる人たちがいます。このことからも、先人の作品の模写を通してその技術と表現を学ぶことは、デッサン力の向上に有効だと言えるでしょう。
参考と脚注
※1
レオナルド・ダ・ヴィンチ(イタリア:Leonardo da Vinci)
1452─1519
※2
ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ(イタリア:Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni)
1475─1564
※3
サンドロ・ボッティチェッリ(イタリア:Sandro Botticelli)
1445─1510
※4
シャルル・バルグ(フランス:Charles Bargue)
c.1826─1883
※5
Gerald M.Ackerman, Charles Bargue: Drawing Course, Art Creation Realisation, 2011
※6
フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ(オランダ:Vincent Willem van Gogh)
1853─1890
※7
パブロ・ピカソ(スペイン:Pablo Picasso)
1881─1973
※8
アンリ・マティス(フランス:Henri Matisse)
1869─1954
※9
ギュスターヴ・モロー(フランス:Gustave Moreau)
1826─1898
※10
カミーユ・ピサロ(デンマーク:Camille Pissarro)
1830─1903
※11
クロード・モネ(フランス:Claude Monet)
1840─1926
※12
ヘンリー・ジョセフ・ダーガー・ジュニア(アメリカ:Henry Joseph Darger, Jr.)
1892─1973