あなたが自分のデッサンに対し、「単調だな」「表面がぬるぬるしてパリッとしない」「なんだか垢抜けないな」と感じているなら、「マチエール」の幅が狭いのかもしれません。
マチエールはデッサンの表現を豊かにしてくれます。また、あなたが意識してもしなくても、デッサンには必ずマチエールが発生します。
このテキストではマチエールの例とそれを使った表現の一例、マチエールを作るための基本的なアクションについてお話しします。
マチエールとは
「マチエール(仏:matière)」は「絵肌」「材料」「素材」を意味する用語で、表面に見えている画材の状態のことを指します。20世紀には、形と色彩と並ぶ、重要な造形の要素だと広く認められるようになりました。
そのため、マチエールの扱いは、形や色を描いたりするのと同じように必ず学ぶ必要があります。
とは言っても、そんなに難しく考えることはありません。先に説明したように、マチエールとは画面の表面に見えている画材の状態のことです。その画材の見え方の違いを利用して、対象の立体感や空間、質感を表現しましょう、というだけのことです。
マチエールの例
以下に挙げるのはすべてマチエールと言えます。
・鉛筆や木炭の粒子の跡
・水彩絵の具の滲み
・水墨の濃淡
・油絵の具の塊をキャンバスの上にぼたっと置いた状態
・ローラーで絵の具をフラットに塗られた画面
・絵の具を引っ掻いた跡
・砂や貝などの異物を混ぜてザラザラになった絵の具の表面
・溶き油で薄く伸ばした油絵の具をかけただけのむき出しのキャンバス
マチエールは凹凸がはっきりしているものだけを指すわけではありません。
その言葉の意味に材料や素材といったものが含まれている通り、画面上に現れた画材の特徴全てがマチエールです。
マチエールを使って陰影を表現
マチエールを意識的に使うと、デッサンの表現の幅が広がります。特に、質感表現の幅が大きく広がります。
例えば、4Bなどの柔らかい鉛筆でさっと紙の上に描くと、ザラザラしたような粗いマチエールになります。それをあなたが指でこすると、粒子が紙の中に入り込んでザラザラした感じがなくなり、ぼやっとしたような曖昧なマチエールになります。
この2つのマチエールの差を使って、光と陰影を印象的に表現してみましょう。
あなたが石膏像を描く際、光が当たっている部分は、鉛筆の粒子を乗せただけの、ザラザラさせた状態で描いてください。これは、石膏の表面にあるとっても小さな凹凸からできる、ほとんど見えないほど小さな光と陰影を表現するためのマチエールです。
逆に、陰影の部分は粒子を紙にすり込んでください。そうすると、光があまり届いていない陰影らしい状態になります。ただし、一度粒子を紙にすり込むと修正が難しくなりますので、これをするのは形やヴァルールがある程度決まる中盤以降です。
たったこれだけのことですが、このマチエールの差を使うのと使わないのでは、表現の幅が全く違ってくるのです。
同じ画材の中でマチエールの差を作るコツは、のせる、こする、広げる、かける、取り除く、引っ掻くなど、行為を変えることです。
- のせる 絵の具を置くだけ
- こする 画材をすりつぶす、支持体にすり込む
- 広げる 水などの溶剤の上に画材を置いて溶剤の力でそれを広げる
- かける 溶剤で溶いた画材を薄く画面の上にかける
- 取り除く 画面の上の画材を取り除く
- 引っ掻く 画面の上の画材に傷をつける
あなたが使っている画材でこれらを一通り試し、それによって表れたマチエールがどんな質感に見えそうか、マチエールの差で立体感や空間を表現できそうかを考え、それを実践してください。
また、過去の巨匠たちが、どんなマチエールをどんな時に使っているのかを調べると、マチエールの扱い方が早くつかめるようになるでしょう。
水彩画の名手であるワイエスは、水彩絵の具のマチエールを巧みに使ってモチーフの質感を表現しています。(Fig.1)
参考と脚注
※1
アンドリュー・ワイエス(アメリカ:Andrew Wyeth)
1917─2009